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古墳時代の流通
●古墳時代の流通
古墳時代は新しい技術と新しいくらしの道具により、人々のくらしぶりも大きく変わりました。鉄の馬具が普及し、最新の土木技術により、田畑の開拓が大規模に行われました。朝鮮半島からは、登り窯で1,000度以上もの温度で焼かれた須恵器という灰色のかたい焼物のつくりかたが伝わりました。高級な織物を織る技術や金属工芸技術も広まっていきました。塩や石などの交易もさかんに行われ、大きな物を運ぶのはもっぱら船で、川や海を利用したと思われます。 |
●東京湾岸の古墳と埴輪
千葉県内では約12,000基の古墳が確認されていますが、その半数以上は千葉市から富津市にかけての東京湾岸に集中してます。しかも古墳の発生期から最終末までの古墳時代全時期にわたって築かれました。また古墳時代の東海道では、当時の政治の中心であった、畿内大和の国から東の海づたいに、人や物が行き来しました。東京湾岸は、畿内文化を受け入れた房総の玄関口にあり、大和朝廷の結びつきも、千葉県内のどこよりも強く、畿内政権の影響を直接色濃く受けていました。そのため副葬品もきわめて少ない房総の古墳の中で、東京湾岸の古墳は畿内的文化が色濃く、金メッキされた「金銅製品」など畿内から伝わったと思われるものが多いのも特徴です。 |
100kmも離れた所から石や埴輪を運ぶのも大変じゃが、外国や大和から有名ブランド品を手に入れるのはチョー苦労するわい。 |
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